どうも、ご無沙汰しております。
表記の通り、先日札幌のvocaloidイベントで頒布したミニアルバム"Melancholic Autumn Garden"の通販がとらのあなで今日から開始しております。
本当は先にイベントのご報告をするつもりだったのですが、取り扱い開始の方が早かったのでこちらを先に。
全50部なので、お求めの方はどうぞおはやめに。
"Melancholic Autumn Garden" http://bit.ly/pQS2rz
どうも、ご無沙汰しております。
表記の通り、先日札幌のvocaloidイベントで頒布したミニアルバム"Melancholic Autumn Garden"の通販がとらのあなで今日から開始しております。
本当は先にイベントのご報告をするつもりだったのですが、取り扱い開始の方が早かったのでこちらを先に。
全50部なので、お求めの方はどうぞおはやめに。
"Melancholic Autumn Garden" http://bit.ly/pQS2rz
ついに九月も中旬となりました。
実生活の雑事にいじめられつつも、※9/24のイベントに出すアルバムの準備もなんとか進めています。
※ボーカロイドオンリーイベントin札幌Vocaloid Island http://vocaloid-i.com/
あと一曲で完成!だがなかなか進まない…
ちなみにジャケットはこんな感じ。紙ジャケットに印刷する予定。
無趣味ですね(苦笑)。
feat. Miku HATSUNEとあるように、今回はミクで取りそろえました。既存曲のアレンジ+4曲書き下ろしの5曲入り、頒布予定価格は500円です。50枚程度焼いて持って行く予定ですが、このままだだ余りになる勢いなのでぜひ買って行ってあげてください。
時間的な余裕があればホームページの方に特設ページとかクロスフェードデモなども用意したいところだけど、日程的に無理な気がします。努力はしますけれども。。
CDのコンテンツは以下の通り。
1.廃墟庭園
2.おもいでのまち
3.※未定
4.此夕溪山對明月 (此ノ夕ベ溪山ニテ明月ニ對ス)
5.Melancholic Garden
アルバムのタイトルが“Melancholic~”とあるように、比較的憂鬱な、物寂しい曲を取りそろえております(通常営業です)。とりあえず、普段私の曲を聴いていただいている方には満足のいくような出来…にしたいですね。
それではまた進展がありましたら。
一ヶ月ほど過ぎてしまいましたが、遅ればせながらご報告。
JOYSOUNDリアルタイムリクエストにて投票中だった「時のオルゴール」が、見事7月に200位以内に入り、カラオケ入曲が決定いたしました。現在カラオケ入曲に向けて手続き中です。
応援してくださった皆様、どうもありがとうございました!
なお、「時のオルゴール」に関しては著作権の部分信託を検討中です。詳細についてはまた後日お知らせしたいです。
ついったーでフォローしてくださっている方は既にご存知でしょうが、無事です。
ひょっとしたらご心配をおかけしたかもしれませんので、ご報告しておきます。
札幌では地震の直接的な被害はほとんどありません。首都圏のように買い占めによるパニックもたぶん起こっていません(ただ、流通の影響は少しずつ出始めているようですが…)。
それよりも、災害情報や、知人・親類の安否の心配などで周囲の空気が重く、皆ピリピリしているように感じます。私地震も災害情報や親類の安否確認などで若干気が滅入っている部分もありました(現在は小康状態です)。部屋にひとりで閉じこもっていると気が滅入ってひどい状態になるので、今はなるべく人と一緒にいるようにしています。
ネット活動の近況としては、小品を作ってついったーでupしていたりします。何分今回のことで何ができるかと考えても、曲を作るぐらいしか能がないものですから、聴いた人が穏やかな気分になるような(つまりいつもの作風の)曲をupすることにしました。所詮自己満足以上のものではありませんが、何かしていないとそれだけで心苦しいので。
今のところ上がっているのはインスト曲二曲です。
“Lullaby” http://twaud.io/qGQ0
“午後の睡り” http://twaud.io/qJsK
http://voon.jp/a/cast/?id=hkpsldhiq4grhw4y&c=4&t=1
曲数が増えるかどうかはわかりませんが、増えることがあればまたこちらの記事に追加しようと思います。
それでは、皆様のご無事をお祈りしております。
rainyday
素朴に考えてみれば、ある作品の「価値」というものを考える上で二つの視点があるように思う。
ひとつは、作品それ自体の評価のみによってその作品の価値が決まるという視点。
もうひとつは、作品の評価とは独立な何らかの要因によって作品の価値が決まるという視点。
(そもそも「作品の評価」というものを定義するのは難しいけれど、ここでは「各人の審美観によって定まる基準」とでもしておこう。別に自分が作品を鑑賞したときの感動の度合いでもいいかもしれない。ここではその評価は基本的に作品そのものによって決まると仮定しておこう。あたかも関数のように、ある作品が目の前におかれるといつでも同じ評価ポイントが表示されるという風に)
前者の視点を突き詰めていけば、作品の価値は最終的には自分の審美基準によって決まるのだろうし、後者の視点を突き詰めていけば「ヒットチャートの順位」とか「再生数」とかになるのかもしれない*1。
これら視点の違いが意味するのは結局の所、作品に対する立場の違いだろう。
作品それ自体を味わうことが目的である場合、自分にとってそれが「良い」ものでないといけないわけだ。最終的に自分がその作品をどう評価するかが問題なわけで、他人がどう評価していようと関係がない。まあ、これは直観的にわかりやすい。
反対に、作品それ自体が手段でしかないという場合は、自分が作品をどう評価するかということはどうでもいい。
絵画商みたいなものを考えればわかりやすいかもしれない。
お金を稼ぐのが唯一の目的だとすれば、自分が絵をどう評価するかを考慮しなくてもいい。市場で何が売れるかだけわかっていれば商売は成立しうる。要するに売れるかどうかの目利きだけできれば良いわけで、中身は何でもいい。それこそ「闇夜の黒牛」で何ら構わないわけだ。
自分の嗜好に対しては鈍感で構わないが、しかし市場の動きには敏感でなければならない。なぜなら流行廃りは昨今ますます激しいからで、素早く流行を察知し、モードに乗り遅れないかが重要となる。したがって、絵画商にとっての作品の価値は流行に依存する。
実生活で考えれば、たとえばコミュニケーションの円滑化にしたり、あるいはある種のステイタスを造り出すための小道具として作品があって、作品の価値はその有用性で決まると考えるということだろう。話題の作品はコミュニケーションを盛り上げるし、小洒落た趣味は好感度を上げるかもしれない。「みんながそれを消費していること」または「それを消費していることをみんなが評価すること」こそが「作品の価値」ということだ。
…勿論、実際には多かれ少なかれ両方の視点を我々は持ち合わせているし、それに私もどちらが悪いと非難したいわけでもない。
ただ、創作をするときにはこの二つの視点のことを考えておいた方がいいのかもしれない。
自分は「納得のいく作品作る」ことが重要なのか、それとも「みんなに流通する」ことの方が重要なのか。
「作品自体の価値を見出してくれる人」に届けたいのか、「作品を消費してくれる人」に届けたいのか*2。
自分が何をしたいのかを考えないと、よくよく迷うことになりそうだ。
*1 大衆向け、といってメジャーな作品を避けてマイナーな作品を好むのも含む。
*2 とはいっても流通しないことには価値を見出してくれる人にも届かないわけで…。「良いものは必ず評価される」は神話の類だというから、仮に良いものができたとしてもその辺ジレンマ。