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非計画的な身体

計画的に行動するということができない。

いったん片付けても部屋は荒れていくばかりだし、タスクもだいたい〆切り間際になってあたふたする。学生時代、計画的に毎日コツコツ予習・復習をするという友人の話を聞いては驚嘆したものである。

一度、熱にとらわれてしまったら、とにかく完了するまで(あるいは諦めて放棄するまで)とまらない。ゲームだろうが、音楽だろうが、読書だろうが、とまらない。「あ、これやってみよう」と始めてしまったこと――例えばブログの記事を書くだとか――に没頭してしまう。それがたとえ試験の前日だったとしても。

衝動的に行動してしまうというのは、人間としてどうかということをさておけば、まあ生き物としては自然なことなのだと思う。明日の生存もわからない中で、毎日コツコツ~というのはばかげている。

とはいえ、現代社会で明日すぐ死ぬ、というのは蓋然性が高いとはいえないので、いつも直近のことを考えていては色々不都合が生じる。完全に衝動的でもなく、適度に未来のことを考えつつ、その中間のところを探っていかないといけない。

色々対応策を考えては来たのだけれど、わかったのは意志の力はあてにならない、ということ。

意志の力は有限なので、嫌なことをするのに使っているとすぐになくなってしまう。そうすると、元気がないときにはなにもできないということになってしまう。その状態で無理に動かそうとすると擦り切れてしまって、より悪い状態になる。だから、それを当てにしないようにプランを立てないといけない。実際、やり始めたらやる気が出る、という側面もあるので、意志なんてものは原動力としてはせいぜい着火剤ぐらいにしか使えないという認識でいて計画を立てた方がかえって良い気がする。だが、未だ有効な計画の立て方というのは見出されていない。

いっそ、自分というのは他人という理解でいた方がうまくいくのだろう。計画を立てる「私」はやる気に満ちあふれていて色々なことの重要性を理解しているけれども、実行する「私」はそうではない。やる気がなく、ものわかりも悪いし、ともすればサボろうとする。そういう気まぐれな他者とどうやって付き合っていくか、あるいはどうやって動かすか、ってのが大きな課題。

小説のこと

ふと思い立って、即興小説トレーニングなどというものをはじめてみた。

http://sokkyo-shosetsu.com/author.php?id=79697939

今でこそ音楽畑にいるけれども、昔の自分は文芸畑の人間だった。

僕が中学生だった頃はインターネットというものがまだ選ばれた少数の人のものだったし、CDやカセットをたくさん買えるというような環境にもなかったので、音楽にはあまり触れることはなかった。ゲームは好きだったけど、これまた数買えるというものでもなかったので四六時中やっていたというわけではない。辺境の地には娯楽もなく、加えて運動も勉強も人付き合いも面倒、となれば勢い時間をもてあます。

だからまあ、本ばかり読んでいた。中高生向けという区分もあまりなかったような時代だったので自分の興味に合った本を適当に探して読んでいた。ネットで検索するという行為も一般的でなかったから、膚に合う作家を見つけてはその人の著書を探して読んでいた。

どうして小説を書きたいなどと思いはじめたのかはよく覚えていないけれど、中学生の終わり頃には何か自分でもそういうものが書けたら楽しいだろうな、というのを漠然と思うようになっていた。

実際に書き始めたのは、PCが導入されたのが大きい。何分字が汚かったのもあるけれど、文明の利器を手にした高揚感的なものも少なからずあったかもしれない。

そうやって熱に浮かされながら書いた最初期の小説は1200字原稿にして120枚以上という長大なものとなったけれども、結局途中で破綻し、不世出の未完の傑作としてハードディスクの底で永遠に眠り続けている。

高校の頃はあてどもなく文字を書いては放り投げ、というのを繰り返して、結局完結しているのはほんの数編の短篇しかない(それらは一応ここで読める)。書けば書くほどに書くのが苦手になっていくという感じで、目標は高くなっていくのに対して能力が上がらない。そのうちに、ほとんど文章というものが書けなくなってしまった(代わりにはじめてみたのが作曲で~というのはまた別の話)。

忙しく日々を過ごしていくうちに、あんなに読書が好きだった少年もいつのまにか本を集めるだけの生き物に成り果ててしまった。文章をタイプするだけで喜んでいたのに、今では自分の書いた文章の切れ端を読み返してはため息をつくようになってしまった。文芸とはいつのまにか疎遠になってしまったようだ。

だが、文芸に関する想いが断ち切れてしまったかというと、そうではない。小説を買い続けるのも単なる惰性以上のものがきっとあるのだろうし、幻滅しながら自分の書いた文章を読み返すのも、創作への想いがくすぶり続けているからだ。

だから、今一度、書く練習というのを始めてみよう思う。

上手いものは書けないだろうし、小洒落たオチなんてものは到底つけられないだろう。評価に値するレベルになるまでには随分時間がかかるだろう。そもそもそこまで到達できるかすらわからない。だが、書き始めずに完成するなんてことはあり得ない。

未練がましいだけなのかもしれない。過去の想い出にすがっているだけなのかもしれない。それでも書きたいという想いは強い。駄文を書き散らすことによってしか癒されない渇きというのもおそらくあるのだろう。それを少しでも緩和するために、何か少しでも前に進むための行動をとろうと思う。

まあ、三日坊主かもしれないけどさ。

過去の断片や即興小説を完成させたものは

http://noctphaeism.tumblr.com/

に置いていく予定。

デフォコンピ参加しますよー

ごぶさたしてます。だましだましなんとか日々を過ごしております。

そういえば報告し忘れていましたが、唄音ウタのコンピレーションアルバム(通称デフォコンピ)に参加予定です。

スムーズに行けば7月のボーマスに出る感じですね。

詳細は以下のリンクから。

デフォコンピ仮設準備室
http://www.t-hoke.com/utau/defocompi/enq.cgi

DL配信のお知らせ(L’electricite Solitaire)

大変長らくお待たせいたしました。

L'électricité Solitaire (feat. Uta Utane)がDL購入できるようになりました。英語圏の代行業者を通してるので、タイトルは全部英訳されてます。

以下のリンクからどうぞ。

iTunes

amazon.com

※一応amazon.co.jpでも購入できるんですがéの音が表示されてなくてページの表示が変なことになってはる…。(ライブリンクだとちゃんと表示されるんだが…うーん?)

価格はストアによって異なっていて、iTunesだと一曲200円、amazon.comだと一曲$0.99、amazon.co.jpだと一曲150円と、かなりばらつきがあるみたい。倍違うって凄いな。。

Web用の歌詞カードを作りました(2013/03/17)→こちら

AmazonやiTunesだとアルバムノートが表示されないみたいなので以下に記載しておきます。

Continue reading DL配信のお知らせ(L’electricite Solitaire)

配信するとかしないとか

どうも、ご無沙汰しております。

年末に胃をやられて倒れたり諸般の事情で忙殺されたりで、なかなか更新する機会もありませんで。あんまり具合は良くないですが、まあなんとかやっています。

それはさておき。

昨年委託も終了した “Melancholic Autumn Garden”と “L’Electricite Solitaire” 、さしあたって廃盤(discontinued)扱いにしているのですが、iTunesとかAmazonとかでダウンロード購入できるようにしてみようかしら、とちょっと考えています。まあ、100部前後でお蔵入りにするのも少しもったいない気もしますし。

ただ、別にあまり需要がないならそういうことをしても意味がないので悩み中。

まあとりあえず、ある程度以上需要があればするし、なければ見送りという感じで行こうと思ってます。